蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

プーチンの悪知恵

2024/08/20

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日本中がパリ・オリンピックでのメダルラッシュで沸いていた8月初旬、欧米では大ニュースとして伝えられた出来事があった。トルコの首都アンカラ空港の滑走路上で冷戦後最大の囚人の身柄交換が米国とロシアなどの間で行われていたのだ。

その一報を聞いて私がまず思い浮かべたのはトム・ハンクス主演の映画『ブリッジ・オブ・スパイ』(2016年製作)だった。1962年、東西ベルリンの境界線に架かったグリーニッケ橋の真ん中でソ連に撃墜された米スパイ機のパイロットと米国で逮捕されたソ連のエージェントが交換された時のことを生々しく描かれた作品だった。

その後、冷戦終結までに私の知る限り東西で少なくとも3回捕虜交換が行われたがいずれも同じ橋の上だった。今振り返ると冷戦時代のサスペンスフルでロマンチックなスパイ交換の現場だった気がする。
しかし、今回はそんな単純な身柄交換ではなかった。背後には謀略渦巻く複雑な米ロの駆け引きがあったからだ。受刑者24人と未成年者2人の交換を仲介したトルコ国家情報機構は米国、ロシア、ドイツ、ポーランド、スロヴェニア、ノルウェー、ベラルーシの計7カ国もが関わったことを明らかにしている。

ロシアから西側に引き渡されたのは16人。その中には米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのエバン・ゲルシコビッチ記者や元米海兵隊員ポール・ウィラン、ロシア反体制活動家ウラジーミル・ムルザ、ノーベル平和賞を受賞したロシアの人権団体「メモリアル」幹部ノオレグ・オルロフなどが含まれていた。

13人がドイツへ、3人が米国へ送還された。ホワイトハウスによれば、交渉段階では2月に獄死したロシアの野党指導者ナワリヌイも交換リストに含まれていたという。

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ゲルシコビッチはロシア国内を取材中にスパイ容疑で逮捕され有罪判決を受けた後にモスクワの悪名高いレフォルトヴォ刑務所に収監されていた。彼は知名度が高く、囚人交換交渉の材料として捕らえられたとみて間違いないだろう。

引き換えに、諜報活動の容疑者を含むロシア人囚人8人がアメリカ、ノルウェー、ドイツ、ポーランド、スロバキアの刑務所から釈放された。

米政府高官によれば、プーチンがもっとも奪還にこだわった人物はロシア連邦保安局(FSB)の極秘部隊に所属していたワジム・クラシコフだった。クラシコフはプーチンがもっとも信頼するヒットマン(殺し屋)だと言われている。彼はドイツの首都ベルリンの公園で亡命中のチェチェン系グルジア人の反体制活動家を暗殺しドイツで終身刑を受け服役中だった。

その他には米金融機関から巨額の資金をハッキングし禁固14年の有罪判決を受けたロマン・セレズネフや、米国の武器や技術をロシアに持ち出そうとして捕まったロシア情報当局の将校などもいた。どいつもこいつも悪党ばかりだ。

そんな悪党たちをプーチン大統領はモスクワの空港で栄誉礼隊とともに出迎え称号まで付与した。英雄扱いである。それはそうだろう。じつは今回の囚人交換はほぼプーチンの思惑通りうまくいったからだ。

プーチンの手口は悪質だ。ロシアが捏造あるいは些細な容疑で米国人を逮捕し、西側に囚われているロシア人スパイなどと交換するというもの。いかにも元KGB工作員で謀略家らしいやり方だ。そのうえ複数の国家を絡ませたから交渉は複雑を極めた。

それにしてもなぜ今なのか。考えられるのは、ロシアにとって有利な条件が出揃ったとプーチンが判断したからだろう。ロシアは2022年、クラシコフを奪還するために、モスクワのシェレメチェボ空港で米女子バスケットボールスターのブリットニー・グリナーを大麻所持で逮捕、禁固9年の刑を言い渡したことがあった。

しかし米国政府との交渉はうまくいかなかった。クラシコフが第三国のドイツで収監されていたためだ。(その後、グリナーは米国で服役中だったロシア人武器商人ビクトル・ブートとの身柄交換で解放された)

そこで今回は無実のドイツ人を麻薬所持犯にでっちあげることでドイツ政府を巻き込み米独ロの身柄交換交渉に臨んだのである。その結果、米国に説得されたドイツ政府は「ドイツ国民を守る義務と米国との連帯が重要な動機となった」として、プーチンの思惑通りクラシコフ受刑者の釈放を渋々認めたのだ。

「外交上の偉業だ。…私の要請で多くの国が困難で複雑な交渉に参加した、感謝する」とバイデン米大統領は喜びを隠さなかった。次期大統領選出馬を断念し今やレイムダックとなったバイデンにとって今回の身柄交換は大きな政治的手柄であるとは確かだ。しかしあまりにも楽観的過ぎないか。

プーチンにとって身柄交換は常にふたつ目的があることを忘れてはいけない。

ひとつは、「テロ組織とは人質交渉しない」を建前とする西側国家も所詮は弱腰で現実には身柄交換を受け入れるということを世界に知らしめること。もうひとつは、世界で暗躍するロシアのスパイたちに「海外で捕まっても私(プーチン)に忠誠を誓えば必ず救出する」という強いメッセージを伝えることだ。相手の方が一枚上手なのだ。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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