蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

トランプに反グローバリズムを注入した危険な男

2024/06/20

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Gage Skidmore, CC BY-SA 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0, via Wikimedia Commons

当時ホワイトハウスの密室で、トランプ政権になってどんな意志決定がなされてきたのか。その驚きの混乱ぶりを、ウォーターゲート事件での優れた調査報道でピュリッツァー賞を受賞したワシントン・ポスト紙編集主幹のボブ・ウッドワードが400ページを超える著作“FEAR”(邦訳『恐怖の男』日本経済新聞出版社刊)で活写している。

政権内部を知りつくした幹部らに長時間にわたる極秘インタビューを敢行し、会議メモ、部外秘のファイル、文書、個人の日記といった一次情報からトランプ大統領がホワイトハウスや大統領専用機内で狂気の意思決定を行う場面を生々しく描いているから、そんじょそこらの暴露本とは別格だ。

 面白エピソード満載だが、その中でも私が注目したのはスティーブ・バノン。投資銀行家から保守系ニュースサイトのブライトバート・ニュースの会長、そして、トランプ政権で首席戦略官兼上級顧問まで登り詰めたあげくにホワイトハウスから放り出された男だ。

2019年3月に来日した際、東京のホテルで彼の話を聞く機会があった。映画『ウォールストリート』で悪徳投資家ゴードン・ゲッコーを演じたマイケル・ダグラスを肥満にしたような風貌で現れたバノンに、さっそく今でもトランプ大統領と連絡は取り合っているのかと訊ねてみた。

するとニコリと目を細めながら「俺はムラー特別検察官や議会の調査対象者リストに入っているからなぁ……」という返事。つまり、公には言えないが、何らかの手段で連絡を取り合っているという雰囲気がぷんぷんだった。それはそうだろう。トランプには思想も理想もない。そんな金儲けしか興味のない彼の脳みそに反グローバリズムの世界観を注入したのは、人種差別主義者で反ユダヤ主義のバノンだったからだ。

海軍将校だったバノンはフランスの形而上学者ルネ・ゲノンに傾倒する筋金入りの伝統主義者で、トランプの反移民、反既存政治、反自由貿易、反フェミニズムはバノンの主張をそのまま口にしているだけと言っても過言ではない。何しろ悪いことだけはすぐ覚える。

ウッドワードによると、バノンがトランプと初めて会ったのは2010年の夏、政治活動家デイビッド・ボジーの誘いでニューヨークのトランプタワー26階会議室で面談した時だったという。トランプが政治のことをまったく理解していないと直感したバノンは、帰り道ボジーとこんな会話を交わした。

ボジー:彼(トランプ)は大統領選に出ると思うか?

バノン:おいおい、可能性はゼロだな。いやゼロ以下だ。あいつの今のファッキングな生活をみてみろ。そんなことするわけがないだろう。

だが6年後、政治経験も軍隊経験もないトランプが並みいる16人のライバルを蹴落として共和党候補になった。選挙対策本部長だったポール・マナフォートが詐欺と脱税でお払い箱になると、その後釜に抜擢されたのは他ならぬバノンだったのである。国家権力を裏から操って彼の世界観を実現するのはバノンの長年の夢だった。その千載一遇のチャンスがトランプのお陰で訪れたわけだ。

さっそく、選挙中にもかかわらず脳天気にゴルフに興じているトランプのぼんくら頭に彼の思想と戦略をたたき込んだ。

「この国のエリートたちは楽な生活をして、国の衰退などおかまいなしだ。そうだろう」

トランプは黙って頷いた。

「だが労働者たちは違う。アメリカをもう一度偉大な国家にしたいと思っている。そのために我々はいくつかのことをやらなければならない。ひとつめは、不法移民阻止と合法的移民を制限して主権をとりもどすこと。2つめは、製造業の仕事を我が国に戻すこと。3つめは、海外での無意味な戦争から撤退することだ。これでヒラリーを叩きつぶす!」

バノンは、トランプ勝利には「形而上学的確信(metaphysical assertion)」があると言い切った。そんな言葉はトランプの理解能力を超えていたが、勝利の予感に目を輝かせたトランプはバノンに選挙戦の「CEO(最高経営責任者)」になって欲しいと頼んだという。勝負感だけはカジノで磨いただけあってピカイチだ。

目論見とおりにトランプがホワイトハウス入りすると、バノンは彼のために特別に新設された主席戦略官兼上級顧問という重要ポストに就任し、大統領を操る「陰の大統領」とか「ホワイトハウスの暗黒卿」としてマスコミから注目を浴びるようになる。

だがその分、トランプの影も髪の毛も薄くなる。常にメディアの脚光を浴びなんでも一番でないと満足できないトランプは当然、面白くない。予定されていたCBSの看板調査報道番組「60ミニッツ」出演もドタキャンした。直前にバノンが出演していたことを知ったからだ。そうなるとホワイトハウス内の風向きもがらりと変わった。

バノンは、マクマスター国家安全保障補佐官や大統領が溺愛する娘イヴァンカ、そして娘婿であるクシュナー上級顧問ともしばしば衝突するようになり、就任わずか7ヶ月でホワイトハウスからお払い箱になってしまった。

それでもバノンはブルームバーグテレビのインタビューに答えて「自分はホワイトハウスを去り、トランプのために、トランプの敵との戦争を始める。その敵は連邦議会やメディアやアメリカの経済界にいる」と大統領への変わらぬ忠誠心を口にした。だがその一方で、ウッドワードの取材に対しては、「あいつは酷い父親で最悪の夫だ。女友達もファックするだけして飽きたら捨てる。いつも(女性の)股間に手を伸ばして辱める酷い上司だ」とこき下ろしたという。

私が質問に立った東京都内での講演会でバノンは、「中国共産党過激分子は有史以来最も野心を持ってアグレッシブに拡張主義に走っているから、中国は今そこにある脅威」だと持ち前の中国批判を展開する一方、ロシア疑惑などを巡る民主党の追及を乗り切れれば「改革派」のトランプは2020年の次期大統領選でかならず再選されるだろうと断言した。

労働者層を中心とした中核支持層が強固で、メキシコ国境の壁建設や中国との貿易戦争を巡り「アメリカの衰退を終わらせる」との約束が評価されているからだという。やっぱりまだホワイトハウスに未練があるようだった。日本のテレビ各局は独占インタビューと称して、バノンとの個別インタビューを無批判に大々的に放送していたが危険極まりない。その後、バノンは欧州で極右勢力の結集に汗を流している。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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