蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

習主席の尽きぬ欲望

2023/03/20

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身長180センチ、体重110キロの習近平国家主席は中国共産党史上で最重量級の指導者だ。だが国際舞台での存在感は今やそれ以上に大きく重くなっている。

3月10日、北京の人民公会堂で行なわれた全国人民代表大会で前例のない国家主席3期目続投を決めた習近平は、党首と軍のトップの地位と共に14億人の人口を擁する大国の権力を一手に収めた。

脇を固める「チャイナ・セブン」と呼ばれる7人の幹部もイエスマンばかりだ。

強権的なゼロ・コロナ政策は国民生活を混乱させ経済を疲弊させたが、権謀術数渦巻く国内での権力闘争を制した習近平は自信を深め、軸足はいまや外交にシフトしている。その要諦はどうやら伝統的「孫子の兵法」にある巧みな計略のようだ。

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ご存じのように「孫子の兵法」とは春秋時代(紀元前770年〜前221年)の武将で軍事思想家だった孫武が書き綴った戦争の戦い方の指南書ある。しかし、戦乱の世を生き抜いた孫武が記したのは国家の大事である戦争をいかに避け、理不尽に命が失われないように策略を巡らす「不戦の哲学」だった。

彼の兵法では、真正面からぶつかって戦うのは下策、計略を使って戦わずして勝つことが最上とされる。ベトナム戦争やイラク戦争に突入して泥沼にハマった米国や、ウクライナ侵攻で苦戦しているロシアの戦い方は下の下なのだ。

だから習近平はウクライナ侵攻には反対だ。ウクライナは中国の友好国で、経済関係も飛躍的に拡大させてきた。中国初のご自慢の空母「遼寧」もウクライナから買ったものである。

とはいえ互いの独裁思考で気が合う朋友であるロシアのプーチン大統領が敗北しては困る。反米勢力の重要な一角が崩れてしまうからだ。戦争が続く限り習近平がロシアへの援助を止めることはないだろう。

絶対的権力者となった習近平の積極外交のひとつが、ウクライナ戦争勃発から1年目の3月24日に発表した12項目の「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題された文書だ。

いよいよ停戦に向けた仲介役を買って出るのかと思いきや、内容はロシア寄りで、とても和平提案とはいえない代物だった。じつは真の目的は「戦争屋」の米国と違って中国は平和志向だというイメージをロシア制裁に参加していない多数の非西側諸国に印象づけることだったのだ。

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2013年に国家主席に就任以来、習近平の政治理念は「中国の夢」(中華民族の強国復権)である。彼の目論見は2035年までに政治的、経済的、軍事的にアメリカを凌ぐ大国になることだ。そのため軍備やハイテク技術を強化するだけでなく、「人類運命共同体」をスローガンに新興国を中心に各国と連携を強めている。

中国とロシアが主導する地域組織である上海協力機構(SCO)で中央アジア諸国を囲い込むと同時に、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)陣営の結束と拡大も呼びかけている。

それだけではない。中東諸国にも急接近中だ。中国の仲介でイランとサウジアラビアが7年ぶりに外交関係の正常化に合意したという3月24日の発表には驚かされた。長く敵対関係にある両国の和解はこれまで欧米がなし得なかった快挙だからだ。中東における中国の影響力の拡大を示す出来事だろう。

年内にイランと湾岸協力会議(GCC)諸国6カ国のサミットを計画しているという。習近平が目指しているのは、米国率いる民主主義陣営に対抗する巨大なアジア・ユーラシア経済圏の実現だ。

2035年までには台湾を軍事侵攻ではなく政治的経済的に絡め取って福建省と台北を高速道路と高速鉄道で結ぶ壮大な野望ももっている。

兵法三十六計のひとつに「暗渡陳倉(あんとちんそう)」の計がある。敵の目を別の方に惹きつけて、密かに目的地に行くという意味だ。ウクライナ戦争ばかりに目を奪われ、世界の大局的な動きを見失わないようにしたい。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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