プーチン露大統領考
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旧ソ連の諜報機関KGBの工作員だったロシアのプーチン大統領は冷徹かつ天才的な地政学的戦略家で、各国首脳と会う前に必ず相手のことを徹底的に調査して周到な準備をする。
例えば、2018年にロシア・ソチの別荘でメルケル独首相と会談した際にはわざわざ大型の愛犬を「出席」させた。少女時代に犬に噛まれた経験があったメルケルが犬を苦手としていることを知っていたからだ。相手の弱みを突いて機先を制したのである。
2月初めにモスクワで行なわれた仏ロ首脳会談でも面白い場面があった。5メートルはあろうかという長テーブルの端にマクロン大統領を座らせ、自分は反対側に座ってウクライナ危機について協議したのだ。新型コロナ対策が理由だというが、そんなはずがない。3日後には友好国カザフスタンの大統領と近距離で会談し、北京では中国の習近平主席と肩を並べて談笑していた。プーチン流のいやがらせである。
ところが、そんな狡猾なプーチン大統領にしては今回のウクライナ侵攻はどうにも荒っぽい。少し前ロシア軍がいかにも撤退しているような動画を公開したが、じつはウクライナ国境のロシア軍は昨年の10万人から20万人へ増強していることは西側の偵察衛星から丸見えだ。
欧米諸国、とくに米国のバイデン大統領を「口だけ番長」だとなめきっているのである。己の力を過信して戦略家も判断力が鈍ってしまったのだろうか。
「プーチンはロシア語を喋る人はすべて彼を支持していると思っている。だがそれは大間違いだ」と、米国の駐ウクライナ大使だったウィリアム・テーラーは指摘している。
その通りだ。プーチンはウクライナ国民の心情を理解していない。2014年のロシア軍によるクリミア半島併合を目の当たりにしたウクライナの人々の大半は使用言語に関係なくプーチン大統領を嫌っている。
欧米の分断を狙った露骨なプーチン流の脅しは、逆に当初足並みが乱れていたNATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)の結束を強める結果となっている。臆病なウクライナのゼレンスキー大統領さえも欧米からの軍事援助で強気の姿勢に転じている。ロシアにとっては手痛い誤算だろう。
それでも筋金入りの国家主義者プーチンは侵攻した。そうなれば、米当局の推計では、約5万の民間人が死亡また負傷し、500万人以上が難民になる。欧米各国はただちにロシアの主要銀行のドル取引停止し、さらなる金融引き締めやハイテク製品の輸出規制などに踏み切るだろう。原油価格がさらに高騰し世界経済が混乱する可能性もある。常識的に考えれば、現状でのウクライナ侵攻からロシアが得るものは少ない。
バイデン大統領の発言にも違和感を覚えた。18日の演説では「彼(プーチン大統領)はウクライナ侵攻を決断したと確信している。・・・ロシア軍が数日以内にウクライナを攻撃し、首都キエフを標的にしている」などと、まるで外交交渉を諦めたような話しぶりだった。
これではロシア大統領をますます軍事侵攻に駆り立てているようなものだ。地政学の巨人ヘンリーキッシンジャーによれば、相手の面子や立場もわきまえて相手とともに戦争を回避するのが現実主義外交である。
複数の米当局者がプーチン大統領の最終的な意図は不明だとしているが、事実ではない。ロシア大統領府の公式ウェブサイトに昨年7月掲載された論文から彼の歴史観と国家観がはっきりと読み取れる。著者は他ならぬプーチン氏自身だからだ。
「ロシアとウクライナの人々の歴史的一体性」と題された論文の要点を一言でいえば、ロシア、ウクライナ、ベラルーシは歴史的に共通の文化や言語、宗教をもつ「大ロシア、小ロシア、白ロシア」という不可分の兄弟国だという主張だ。
しかし1991年にソ連邦が崩壊後、ウクライナ、ベラルーシをはじめ14カ国が独立。2000年代にはかつてロシアの一部だったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)や、チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキアなどが次々とEU(欧州連合)に加盟してした。NATO(北大西洋条約機構)の加盟国も当初の12カ国から30カ国に拡大している。
地図をみれば一目瞭然だが、ウクライナはロシアとNATOの数少ない緩衝地帯で、同国のNATO加盟はプーチンにとっては重大な地政学的危機なのである。
じつは本音では欧米もウクライナの加盟には乗り気ではない。いっそのことバイデンがプーチンにNATOの東方拡大もウクライナのNATO加盟は当面ありませんよ、と密かに外交ルートを通して耳打ちしたらどうか。それでプーチン大統領も振り上げた拳を下ろしやすくなるだろう。
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