蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

「イカゲーム」から垣間見る現代

2021/10/21

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コロナ禍の巣籠もりですっかりNetflixの韓国ドラマにハマってしまい、気がつけば『愛の不時着』から始まり『スカイキャッスル』、『ビンチェンツォ』、『ピノキオ』などすでに13作を立て続けに観てしまっている。どうりで仕事が進まないはずだ。そして14作目は遅ればせながら話題の『イカゲーム』。

最初はそれほど関心が無かったのだが、世界90カ国で視聴回数1位だと聞いて好奇心にかられた。

主人公はギャンブル好きで借金まみれ、妻にも離婚されたうだつの上がらない中年男ソン・ギフン。ある日、地下鉄のホームで謎の男に誘われて優勝すれば日本円で約45億円が手に入るというゲームに参加する。

子供の頃に楽しんだゲームばかりだったが、じつは脱落者は次々と射殺されていくという血みどろのサバイバルゲームだった。そしてその裏には闇の商売が・・・。

まだご覧になっていない読者もいらっしゃるだろうから内容はこれ以上書かない。ただ、ストーリーだけならどこかで見たような単純なデスゲームである。それなのになぜこうも空前の大ヒットになったのだろうか。

いくつか理由が考えられる。上位にランクされているNetflix韓国ドラマはどれもテンポが早く、予想外の展開が続く。キャスティングがうまく俳優の個性が際だっていて演技も熟達している。カメラワークもドラマチックで音楽も洗練されている。

だが、「イカゲーム」がそれ以上に注目を浴びた理由は、背景にある文在寅政権下の韓国社会で広がる貧富の格差と貧困に心折れて一攫千金に走る「下層国民」の姿が浮き彫りになっているからだろう。格差拡大を感じているのは韓国民だけではない。多くの国々の人々が同じ不安を抱えており共感を呼ぶのだ。経済格差は教育格差となり階級社会をつくる。

振り返れば、2020年のアカデミー作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』も同じようなテーマ設定だった。

「『イカゲーム』の参加者のキャラクターは韓国の不安を直接表現しており、社会進出の機会が見えない韓国の若者層の共感を呼んだ」と、米ニューヨークタイムズ紙も分析している。

日本にとっても対岸の火事ではない。「一億総中流」といわれた日本国民の大多数が自分たちを中流階級だと考える意識があったのはとっくの昔の話。小泉・安倍政権が推し進めてきた自己責任を基本とする新自由主義のお陰で、今では中間層が没落して貧富の差が広がる一方だ。現実のイカゲームが進んでいるのである。

両政権で喧伝された「トリクルダウン」、つまり大企業やお金持ちが裕福になればやがて雨がしたたり落ちるようにいずれ庶民も豊かになるという理論はすでに幻想だった。現実は「トリクルアップ」が起きて大部分の富が大企業や一部の富裕層に吸い上げられ、国民生活は困窮するばかりだ。

9月の総裁選に向けて岸田新首相は看板政策として所得倍増や金融所得課税の強化など「新しい資本主義」の実現を謳った。ところがいざ選挙戦がスタートすると目玉政策は封印されてしまい、首相就任後はさらにトーンダウン。総選挙直前とあって、大企業べったりの自民党総裁としては富裕層増税など到底言えないのだろう。

「新しい資本主義」とは突き詰めれば税制改革だ。本気でドラスチックに税制を改革すれば貧富の差を減らすこともできることは高負担高福祉の北欧諸国を見れば分かる。税制改革こそ本当の構造改革である。しかし、それがいつまでもできないでいるのは日本の政治の体たらくだ。

新しい資本主義は別名「資本主義4.0」とも呼ばれる。つまり、①古典的資本主義(個人の自由と小さな政府)、②福祉国家(社会保障制度に重点)、 ③レーガン・サッチャー新自由主義(自己責任、小さな国家、グローバリズム)に続く④人間と地球に優しいSDGsを中心に据えた資本主義のことだ。

その為に必要な政治家の仕事は二つしかない。ひとつは国民に希望を与えること。もうひとつはそれを実現することだ。『イカゲーム』はその両方が実現できていない希望喪失社会の縮図だ。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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