蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

香港200万人デモを取り巻く内情

2019/06/21

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「先生、ホントに感謝します!」

大学で講義を終えた私にそう話しかけてきたのは香港から来た留学生だった。いま香港で起きているデモは非暴力な抗議活動だと講義で説明ことが嬉しかったという。それほど香港の若者たちは故郷の民主化に真剣なのだ。

ひとり歩く帰り道で、私は香港返還当日のことを走馬灯のように思い出した。

その日は雨が降っていた。午前零時の時報とともに警官たちは帽子のバッジを王冠からランの花模様のものに付け替え、英国旗「ユニオン・ジャック」が静かに降ろされた。

1997年7月1日のことである。

中国への香港返還祝賀セレモニーには一万人近い人々が集まり、街中が五星紅旗と香港特別区旗で赤く染まった。しかし自由と百万ドルの夜景を楽しんできた香港住民の間には明らかに不安が漂っていた。84年の英中協定によって香港は特別行政区として50年間「一国二制度」で現状維持が約束されていたが、中国政府が弾圧を始めてももう誰も助けにきてくれないことを感じ取っていたからだ。

「香港市民が求めているのは民主主義、人権擁護、そして言論の自由です。もし中国がそれを脅かすようなことがあれば、私たちは力強く立ち向かわなければなりません」と野党民主党の元党首李柱銘氏はかつて私のインタビューにそう答えた。

あれから20年以上過ぎた今、過去最大の200万人、つまり全人口の4分の1以上の住民が香港政府に対して抗議デモを繰り広げている。きっかけは香港で拘束した容疑者を他国に移送できるようにする「逃亡犯条例」改正案だった。昨年2月、香港人男性が恋人と台湾旅行中にこの女性を殺害し、香港に逃げ戻って台湾当局の訴追を免れるという事件が起きた。香港は台湾と犯罪者引き渡し協定を結んでいない。そこで香港政府は条例改正を急いだのだ。

しかし香港住民は隠された意図を見逃さなかった。改正案が通ると、香港で拘束した容疑者を軽微な犯罪や疑いだけでも中国本土に引き渡すことが可能になる。抗議デモが学生や若者を中心に一気に拡大した。驚いた林鄭行政長官は謝罪して改正審議の延期を発表したが、辞任を要求する市民の不信感は深まる一方だ。

行政長官は中国政府の操り人形でしかない。今後は中国政府がどう対応するかだ。中国政府はデモ参加者が警察と衝突して「第二の天安門事件」になることを恐れている。米中経済摩擦が激化する中、目前に迫った米中首脳会談でトランプ大統領に攻撃材料を与えてしまうからだ。今月末に大阪で開催される20カ国・地域首脳会議(G20)での立場も悪くなる。

また、来年一月の台湾総統選挙への影響も考慮しているはずだ。武力で抗議デモを鎮圧すれば台湾人の間でも懸念が広がり、対中強行派の現職蔡英文候補を利する。中国にとって悲願の台湾統一が遠いてしまう。だが、世論への安易な妥協は共産党政権の弱腰と受け取られかねない。そこで習金平政権はすべての責任は香港政府に押しつけて終息させようとしている。「中国側から改正を指示したことは一度もない」という駐英中国大使劉暁明氏の発言がそれを物語っている。

英国に見捨てられた香港の人々が頼れるのは今や国際世論だけだ。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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